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    第2回 「Japanブランドで6000万人の市場を狙え!」

    ヤンゴンを初めて訪れた日本人がまず驚くことは、街にあふれる自動車の9割が日本製の中古車だということだろう。中には日本で使われていた当時のまま、○○交通だとか△△商店などという社名入りのバスやトラックに出くわすことも多い。

    一昔前の日本車をピカピカに磨いて自慢げに乗り回しているミャンマー人たちを見ると、「本当に日本(製品)が好きなんだな~」と日本人としては何となく親しみを感じるに違いない。タイや中国で生産している日本車でも良さそうなものだが、Made in Japan にこだわりがあるようで、日本からの中古車が圧倒的に人気だ。

    2011年の秋に中古車の輸入規制が緩和されるとあっという間に150社を超える中古車販売「ショールーム」が開店し、この2年間で20万台を超える中古車が日本から輸入された。2013年末の時点でも、日本からの中古車輸出の仕向け国としてはロシアに次いでミャンマーが第2位となっている。その結果、ヤンゴンでは交通渋滞が新たな社会問題になってしまった。

    実は最近の中古車ブームが起きる前から日本在住のミャンマー人の中には中古車輸出ビジネスをおこなっている者がいて、その中の何人かは私の友人だ。規制緩和以前の中古車ビジネスは利幅が大きく、軍政幹部と太いパイプを持ち、信頼関係だけで巨額のキャッシュを動かせることができる限られた人物だけが参入できる特殊なビジネスであった。

    友人たちは日本にいながらも、中古車ビジネスを通じて着々と人脈を広げていった。日本、ミャンマー両国で豊富なビジネスの経験を持ち、資金力もある彼らが、「開国」した祖国で中古車の次に狙うビジネスチャンスとは何か?
    最新の事例として二つのケースを紹介しよう。

    2014年3月1日の夜、友人のミャンマー人社長から新商品の発表会に招待された。彼の会社(自社ビル)の屋上で開かれたパーティにはテレビ局や新聞社などメディア関係者が30名ほど集まっていた。

    彼は88年の民主化闘争の後、日本に移住し滞在は20年を超える。もちろん日本語も堪能だ。彼は日本で起業し、ミャンマー向けに発電機や中古車、電化製品などを輸出していた。2011年、現政権が誕生し経済制裁が緩和されるとすぐに活動の本拠地をミャンマーに移し、様々な分野で活躍している。

    この日、彼が紹介したのはペットボトル入り緑茶と野菜ジュース、「お~いお茶」で知られる「伊藤園」の商品であった。当面は日本からの輸入になるが、テストマーケティングの結果次第では工場を建設し、現地生産をしたいという。ミャンマー人はお茶を飲むのが大好きだし、茶葉の生産も盛んである。

    暑い国なので、清涼飲料水の市場は今後急拡大が見込まれる。ミャンマーではいち早く現地生産を開始したコカ・コーラが急速にシェアを伸ばしている。既にペプシや100プラスといった外資の他にローカルのメーカーも加わり熾烈な販売競争が始まっている。つい最近では日本のアサヒグループホールディングスもミャンマー進出を決めたというニュースがあった。

    彼は日本製品の品質の高さを武器に、健康志向の強い層をターゲットにして、グローバル企業に戦いを挑もうとしているのだ。

    翌日、3月2日、サンチャウン地区バガヤー通り沿いにミャンマー初となる日本スタイルの洋菓子店がオープンした。福岡市の有名店「La Vie En Rose」の海外初出店となるヤンゴン第1号店だ。オープン記念で全品半額ということもあり、午前11時の開店とともに長蛇の列ができ、前日から徹夜で用意していた商品はあっという間に売り切れてしまった。
    実はこのお店をプロデュースしたのも私の友人のミャンマー人だ。

    オーナーシェフの小田さんはコンテストでの受賞歴を持つ、業界では知られた「カリスマ・パティシェ」の一人だ。友人は1年ほど前に偶然知り合った小田さんを口説き落としてミャンマー出店を決意させたのである。原料の調達に始まり、店舗の設計、機材の運搬などミャンマーでの出店ともなれば相当な困難があったはずだが、友人は見事にこれをクリアし、店舗も賃貸契約してからわずか45日で内装工事を終え、開店させてしまった。今年中にはあと2店舗を開設する予定だという。

    この友人は日本では中古PCを販売するオンラインショップ経営しており、数年前にはヤフーオークション全体の売上2位を達成したこともある。そんな彼がミャンマーで洋菓子店を開くと聞いたときには冗談ではないかと思ったが、彼は本気だった。

    「日本のケーキは世界一おいしい。ミャンマーの人たちも絶対に気に入るはずだ。」彼はこのプロジェクトが成功するまで日本には戻らない覚悟だと私に誓った。

    この二人の友人に共通することは、日本が好きで、日本人が作る製品に対し絶大な信頼を置いていることである。日本とミャンマーの両国を熟知した彼らが先兵となってミャンマーで日本ブランドを浸透させるべく奮闘していることを私は誇りに思うとともに、心からのエールを贈りたい。

    3/27/2014

    ZMH社 Banya Zaw社長

    Saw Kau Hwa 社長

    La Vie En Rose ヤンゴン1号店

    松下英樹

    松下英樹

    バガン・インベストメント
    COO (取締役執行役員)

    1964年、静岡市生まれ。早稲田大学商学部卒。参議院議員秘書を経て1999年静岡市にPCスクール運営会社、オックスクラブ・ドット・コムを設立、90年からミャンマーに通い始める。2003年、ミャンマーICTパークにてMyanma Dot Netを設立、無線ネットワークによるISP(インターネット・サービス・プロバイダ)事業に進出するも、政変によりパートナー企業が政府に接収されてしまったため、閉鎖を余儀なくされたが、その後もミャンマーに通い続けて現地での人脈を広げていった。2013年1月、日系初のベンチャーキャピタル、バガン・インベストメント社を設立、取締役執行役員に就任。

    http://www.baganinvestment.com

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