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  • 【ミャンマー連載コラム】蘭貢界隈膝栗毛 vol.4

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    第4回:当世風の街並み
    日本貿易振興機構アジア経済研究所 リサーチ・アソシエイト
    長田 紀之

    「当世風」や「モダン」という言葉は、その元来の意味にもかかわらず、少し古めかしい語感を含んでいる(あるいは「ナウい」も)。時の流れに置き去りにされた「今」は、すでに「過去」に属する。その意味でヤンゴンには、当世風やモダンの形容が良く似合う。

     

    前回述べたように、王朝国家の外港だったヤンゴンは19世紀の半ばに、イギリスの新設植民地の首都として再建された。当初のイギリス人たちは、眼前に広がる木造家屋の街並みを英帝国の威信を示すにはふさわしくないものと考えた。

    そこでヴィクトリア時代イギリス流の当世風の町づくりが始まった。まず、スーレー・パゴダを中心とするおよそ2平方キロメートルの土地に、大規模な土木工事が施されて低湿地が埋め立てられた。そこに十分な幅員をとった碁盤目状の道路網が敷設され、汚水を川に排出する下水道が整えられた。防犯・防疫・防火に効果的と考えられた当時最新鋭の都市設計だ。

    この約2平方キロメートルの空間がヤンゴンの核をなす。現在、ダウンタウン(ビルマ語でミョウデー)と呼ばれる地区と大体重なる。

    整備された土地の上には、レンガ造りの建築物が建てられてゆく。東西軸・南北軸の目抜き通りには、複層階の集合住宅のほか、植民地行政庁舎や百貨店の大建築が軒を連ねた。輝ける近代、官僚制と商業主義の荘厳な行列だ。ヤンゴンは20世紀の初めまでに、アジア有数の近代都市としての威容を誇るようになる。

     

    この100年前の当世風の街並みは、その後、ほとんど更新されることなく現在に至る。もちろん、都市域が拡張するにつれて、時代性を反映した郊外が形成されてゆく。だが、町の中心のダウンタウンは、基本的に植民地期の景観を保っている。

    きらびやかな100年前のままということではない。建築物たちは、風貌を保ったまま眠り、そして、徐々にくたびれてきた。「当世風」の語が古びてゆくのと足並みをそろえて。そこはかとなく漂う退廃の雰囲気が、ヤンゴンに落ち着いた魅力をまとわせた。

     

    ところが、2000年代に入り、ヤンゴンに幾重もの変化の波が押し寄せている。ミャンマーの首都は2006年に内陸にあるネーピードーに正式に遷された。もはやヤンゴンは国家行政の中枢ではない。独立国家に引き継がれた植民地の庁舎はもぬけの空となった。また、ダウンタウンによるオシャレの独占も崩れてゆく。郊外に建てられた大型ショッピングセンターが、買い物客たちの新たな目的地となっていった。

    そうしたなかで2010年以降、テインセイン政権による矢継ぎ早の改革がなされる。国の外側からカネもヒトも大量に入ってくる。その窓口となるのは、依然としてヤンゴンだ。長い間眠ってきた街並みは、叩き起こされようとしている。老いた建築物たちは、黙して身を引き次世代に場所を明け渡すか、あるいは自ら装いを改めてせっせと接客にはげまねばならない。

    つまり、ダウンタウンはいま都市開発をめぐる議論のさなかにある。一方では、老朽化した植民地期の建築物を取り壊して、新しいコンドミニアムや商業施設を建設しようという主張があり、他方では、植民地期の建築物群を保全し観光資源として利用しようという主張がある。前者は、資本家のみならず、実際にそこに生活し、建て替えにより実益を得られる住民からも発せられる声だ。

    行政、現地NGOのヤンゴン・ヘリテージ・トラスト、都市開発援助にあたる外国機関(日本のJICA)は、資本家や住民の声にも配慮しながら、長期的な視点からこの町の進むべき方向性を模索すべきだと考えている。こうした立場から後者の観光化戦略が生まれ、首都移転で空き箱となった旧庁舎を、外観を保ったまま、ホテルに改装する動きなどが出てきている。

    おそらくは今後も、この外観の維持というところに開発と保全の妥協点が見出されるのだろう。ヤンゴンのくたびれた当世風はその表面を磨かれる。ピカピカの古さ、が売り物だ。活気が出る分、落ち着きのない。

    5/14/2014

    植民地化以前のヤンゴンのスケッチ。同時代英人使節の記録より(Grant 1853)。

    植民地化当初のヤンゴンの都市設計案。研究書より(Pearn 1939)。

    19世紀末から20世紀初に建設された植民地政庁官房。植民地期写真集より。

    1910年代に建てられた集合住宅。2009年、筆者撮影。

    長田紀之

    長田紀之

    日本貿易振興機構アジア経済研究所
    リサーチ・アソシエイト

    研究者。専門はミャンマー近代史。1980年、東京都出生。2002年、東京大学文学部(東洋史学)卒業。同年、東京大学大学院人文社会系研究科に進学し、修士課程・博士課程を経て、2013年6月に博士号を取得した。この間、2007年から2009年にかけてミャンマーへ留学し、ヤンゴン市内を徘徊。現在は、都内の大学で非常勤講師として東南アジア史やビルマ語を教える一方、2013年4月より日本貿易振興機構アジア経済研究所にリサーチ・アソシエイトとして勤務し、現代ミャンマーの動向分析に当たっている。

    http://www.ide.go.jp/Japanese/Researchers/osada_noriyuki.html

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